コラム まちや通信

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陸前高田・横田小学校仮設住宅「炊き出し」レポ(2012年9月)

陸前高田・横田小学校仮設住宅「炊き出し」レポ

●まずカンパのこと

前号で、「われらが炊き出しへのカンパを募ります」と、ゆうちょ銀行口座も書いたが、読者からの入金はゼロだった…

「機関誌のさいご(町屋通信)から読むのよ」などとおだてられ、「カンパ募ってみたら?」とのせられて、「こ、こんなにいただけるんですかー?」なんて夢を見て、書いてみたけど、チッ、ま、こんなもんでしょ、世の中なんて…

と、原稿締め切りの本日、ゆうちょ払込通知が届いた! 1万円? なんだろ… 私、泣きました。世の中捨てたもんじゃない… 読者の方からのカンパだったんです。(遅いよぉ~記事読むの。さいごから読んでよぉ~)

善意のカンパは、よって総額19万円→20万円とあいなり。いちばん、がんばってくれたのは、スリランカの生徒さん。お店のランチのお客さんに声をかけて、何件も集めてくれた。日本人て、仕事の場では「カンパくれ」なんて言えないもんね。

なにはともあれ、おかげさまで、食材、機材、バスのレンタル代まで、炊き出しの経費のほとんどをカンパでまかなうことができた。

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2012年6月

●財布のふくらみかげん

最近、生徒さんの数が減ってきた。このところ、10人台の集まり。教えるほうは楽でよいが、教室の財布は「軽め」がつづいている。

生徒さんからは1回300円もらう。これは、施設の使用料、教材のコピー代、お茶・おやつ代、ボランティアの交通費に消える。

自慢じゃないが、20年来、財布の中身を記帳・決済したことがない。

財布は、机のあいだを一回りするとジャラジャラお金が入ってふくらみ、コピー代や交通費がかさむと軽くなる。

財布をのぞいて、お金が入っていなければ、「次回につけとくわ」。

「いいかげんさ」には自信をもっているが…
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2012年3月

●またもや締め切りやぶり

また督促の電話をもらった。うぅ~、何をか書かん。前の年の3月って何を書いたっけ…。

去年は3.11大地震。直後の教室でアンケートをとったんだった。それから、あれよあれよの帰国ラッシュ。原発事故のせいで、たくさんの生徒さんが国に帰ったな~。

2010年は『生活漢字306』が品切れで、改訂作業が遅々として進まないことを書いていた。いまだ未刊。なさけないな~。

2008年は、DVで駆け込んできた人のことか。彼女もいまは離婚・親権を勝ち取り、生活保護を受けながらも仕事を始めた。2才だった子はこの4月小学生に。あんなにかわいかったのに、にくたらしくなっちゃって~。

…なんて、思い出にひたっているうちに、また1日が過ぎてしまった。

●クリスマスパーティ、何をか思わん

2011年は生徒さんが減ったので、初心に帰って20年前に教室に使っていた小さな施設を借りた。たくさんの各国料理、プレゼント、ゲームに景品。せまい部屋のせいか、盛況感いっぱい。

そして、久しぶりの生徒さんたち。子どもを見せに連れて来てくれたりすると、ほんとうにうれしい。

以前は、フィリピンなど東南アジアはもちろん、韓国の人たちともよく交流(飲み)した。

でも、同じ東アジアでも中国の人たちはそうではなかった。勉強中でも興味がないと、人の話を聞かない。教室のあと飲みにさそっても、つきあってくれたことはなかった。

去年、岩手の被災地に炊き出し旅行に行ったときの中国人参加者は、たったの4人(いつもの旅行の1/4)。ふ~ん、こんなもんかぁ…と思ったもんだ。

でも、いまは大国中国の人数も減って、顔ぶれが定着したせいか、いや、放射能汚染の国で暮らさなければならない親近感からか、イベントに参加する中国人が増えた。

二次会終盤でも中国人帰らない…。たくさん飲んで話したし、笑ったし、片づけも手伝ってくれたし、やればできるじゃ~ん。

●生徒さんの善行

去年の夏に亡くなった生徒さん(中国女性)の夫(中国男性)が教室に来るようになった。もう勉強「しなくていいよ」というくらい、日本語はほぼ完璧。

気をつかってお菓子は持ってきてくれるし、この前は、ボランティア学生をさそって飲みに行き、おごってくれたらしい。

妻が生きていた軌跡をたどろうとしているのか、人寂しいのか、気前がいいのか…

夫婦で走ろうと約束していた東京マラソンにも参加したとのこと。「前を向いてがんばります」とメールにあったが、どうか、がんばりすぎませんように。

それにしても、ボランティアが生徒さんにおごってもらうなんて前代未聞(私の知るかぎり)のことであった。でも、考えてみれば、ボランティアのほうが生徒さんよりお金もってないのよねぇ…

2011年12月

●「父」になった生徒さんからのメール

【父】「私の名前は“治国”で、“チコク”で呼ばれていますが、“遅刻”と同じ、なんとなく、いいイメージではない。…

赤ちゃんはこれから、日本で生活して、保育園に日本人の子どもと友だちをつくります。できれば、いいイメージをあげられる、女の子らしい読み方を使いたいです」。

●その子の名は「梓瀛」ちゃん

【父】「中国語名前にも、発音は一番大事のことで、“梓瀛”は発音と漢字意味、両方考えて作りました。中国語の発音に聞いたら、少し女らしいです」。

その「父」の話では、「瀛」は「海」を表し、日本の雅称だとも。

●ちょっと脱線

ガショー? ひそかに辞書をひもとくと…日本の雅称っていっぱい! 「大和」「扶桑」「瑞穂」「蓬莱」…

で、「瀛州」は、古代中国において、仙人が住むという東方の三神山の一つで、転じて、日本を指すのじゃそうな。「父」はエライ!

●赤ちゃんの「名づけ」騒動

【ボラA】「日本語の音読みなら“シエイ”ちゃんが自然だよね」。

【父】「日本人名前の読み方と漢字は全然違うことがあることを聞きましたから、本来の呼び方でよくなければ、変換すればどうですか。たとえば、“あずさ”ちゃんとか…」

(「父」は“シエイ”が気に入らない)

【ボラB】「子どものことを想い、日本で困らないようにしてあげたいという気持ちはよくわかる。ただ、名前は固有のものだから、中国語の発音でいいのでは?

日本に帰化する手続きで漢字名の日本語読みを強制していた時代があったり、外国籍の妻に日本名を名乗らせたりということが頭をよぎる」。

とりあえず、“読み方”候補をまとめると、

1. 中国語の発音:「ズーイン」「ジーイン」

2. 音読み:「シエイ」「シンヨウ」

3. 訓読み(1文字から):「あずさ」

4. 訓読み(2文字あわせて):「あずみ」

●これって日本ならでは?

【ボラC】「うちの大学も中国人留学生が多いのよ。で、中国人の先生が漢語読みで“姜玉星”→“ジャン・ユーシン”のように読み方をつけて学生証に表記していた。

ところが、当の学生たちから異論が出て…

『日本人のへんな発音で呼ばれるなら、日本語読みのほうがいい』。

『漢語音を日本人が読むと、“ボーヨー”なんてへんな音だから、“ハクヨウ”と日本語読みしてほしい』。

『日本語読みにすると“アホウ”になっちゃうから、漢語読みの“アファン”がいい』。

『私は朝鮮族だから、漢語読みではなく、日本語読みのほうがいい。でも韓国人じゃないから、ハングル読みはいや』。

などなど。で、結局は自己申告の読み方というルールになった」。

【ボラD】「私も、中国へ行って、“山田”を中国語発音されるより、“YAMADA”にあたる中国語の漢字で表記して“YAMADA”と発音されるほうがいい。

もしこれが日本でなく、イギリスや他の国だったら、こんなに悩まないよね?」

●「父」まとめる

その後、「父」からは、「原語の音に近づけて“シーイン”、ニックネームなら“あずさ”にする」と返事がきた。

【父】「妻と娘、今は中国でいます。来年、“あずさ”ちゃんを連れて、皆様に会いましょう!」

2011年9月発

冠婚葬祭が凝縮した夏でした…

●スタッフの結婚

6月25日、教室スタッフたちと台湾の結婚式に参列。めでたいことなら、どこでも行っちゃう。

新婦は教室スタッフだった日本人女性(牧師・45才)。数年前から台北の日本語族の教会へ赴任。新郎の台湾人男性(画家・49才)とは、つきあい始めて2日目に結婚を決めたという。

牧師として自立し、高年齢の信徒さんたちの人生の機微に通じ、なお40代も半ばを過ぎると、結婚なぞしないんじゃないかと思っていた。

いろんな出会いがあるもんだー。教室にかかわる人々のおかげで、人生、倍楽しめるわー。

●自殺という結末

中国人生徒さんの夫から電話があった。「7月8日、妻がうつ病で自殺しました」… 聡明でがんばり屋さんの笑顔の美しい女性だった。

3年前、夫の転勤とともに来日。1年後には自分も就職して、まじめに働いていた。忙しくなってからは教室にあまり来なかったが、よくメールで正しい日本語を聞いてきたっけ。

この3月の大震災の余波で、会社は事業縮小。大幅な人員カットがあったが、彼女は残され、ほかの部署へ。自分はクビにならなかったという贖罪の念と、慣れない職場環境で5月に退社。その後は家で泣いてばかりいたらしい。

5月、教室にひょっこり来てくれたが、気がつかないうちに帰ってしまったっけ。あぁ、仕事やめたときだったんだな、なんか言いたかったのかもしれないな…

おしきせの斎場で仏教式の葬儀だった。異国で亡くなった人を送ってあげる場として、これでいいのだろうか。はにかむようにほほえむ遺影を見て、なんとも心が痛んだ。

●「ことし」しかできない旅行

7月18・19日、恒例の一泊旅行。ことしのプランは、世界遺産に登録された平泉観光と、陸前高田市の仮設住宅でのランチ炊き出し。

メニューは、フィリピン・アドボ、スリランカ・カレー、ベトナム・フォー、タイ・サークー、中国・チンゲン菜炒め+茶の5か国料理をワンセットに。家庭科室で調理し、となりの教室を食堂にして、被災者の方々に食べに来ていただいた。

事前に、仮設にはお年寄りしかいないから外に食べに出ないとか、イベントに20人も集まらなかったとか聞いていたので、量は少なめに100食分にしぼり、仮設を1軒ずつ訪ねてチラシも配った。

そしたらですね…、12時開店前から行列ができ、1時間もしないうちに100食はけてしまった…。あとは、肉のないカレーとタイのデザートでしのいでもらうことに。(おおよそ150人が来てくれたと思う)

申し訳なかった… 津波にのまれた陸前高田の惨状を目の当たりにして、お金さえあればまた炊き出しをしに来たいと思った。

さて、旅行日の直前、平泉は放射線汚染のホットスポットということが発覚したのだが、参加者には、ないしょにした。すまん、数時間だけ、浴びてくれ~

●シスこば帰天

夏休みになると、スタッフ・生徒は「シスこば祭り」と称して、教室の始祖・シスター小林んちを訪ねるナラワシ。

7月22日、シスこばが入院中のため、ことしの「シスこば祭り」は延期との知らせが入った。7月はじめにインフルエンザにかかって体力が落ち、食事がとれないので入院して点滴を打っているとのこと。

数日後、28日未明に亡くなったという訃報。お見舞いに行こうか様子をみていた矢先のあっという間のできごとだった…

去年の11月、90才の誕生会で「また来年」と、お茶目だったシスター。棺の中のシスこばは、神に召される清らかな乙女のようだった。

シスター、長い間ありがとうございました! そして、お疲れさま。ゆっくり休んでください。

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Author:まちや通信
「町屋日本語教室」の主催者が『女たちの21世紀』につづるコラム「町屋通信」のバックナンバーです。

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